岩城万里子
(神戸山手大学環境文化研究所助手)
1.趣旨
テクノロジーを芸術に近づけようという試みがある。芸術や美の創造を、テクノロジーでできないかという試みでもある。 今日の言葉で言えば、デジタル的なものとアナログ的なものとの接近ということを考えてきた。「感性文化学」は、アナログ系とデジタル系の学問をつなぐひとつの思考実験である。
2.おもなアプローチ
A.感性文化各論 街なかを走る車に白色が多い。 白色は電化製品にも多く見られる。とくに昭和30年代、日本の大衆が手に入れた冷蔵庫や洗濯機などは、真白でピカピカに輝いていた。
「白」が重要な色――感性となりつつあった。
トヨタ自動車(株)の重役が聞いたそうである。「何色の自動車がはやるでしょう?」「白です」と答えた十年後、日本中に白い車があふれた(多田道太郎氏談/京大名誉教授、日本社会への洞察深い)。韓国では黒が圧倒的に強いのだが。
十年先の時代を読み、十年先の流行を読むために、目の前でおこっている変化に敏感であること――感性文化学の各論では、風俗学や生活美学といった学問の力を借りて、大衆文化を広く洞察していく。
B.感性文化の応用(臨床)例
トマト栽培のハイテク化が行われた(株式会社エム・エー・エム・アソシエーション、通称MAMA) 。
古代アンデス山地で行われていた原始的なトマトの栽培方法を、コンピュータ制御の広大なガラスハウスで行う。果物のように甘く、果肉の詰まった、良質なトマトの大量生産が、今年から開始される。
太古の栽培方法とは、簡単に言えば、水と肥料を極力与えすぎず植物本来の生命力を引き出す農法だという。
化学肥料を与えない。促成栽培でもない。生態系に負荷を与えない栽培トマトは、超美味だが、割高である。通信販売で、一玉280円ほど。
人間の健康や環境、わたしたちの未来を考えたトマトを、果たして消費者が選びとってくれるかどうか。
自然の不思議さへの感覚を澄ました農法を、生産者とともに、消費者も共有する――これは文化の問題である。感性工学の応用、臨床例を見守っていく。
C.発想の源泉をさかのぼる
「縄文時代の営みにも感性はあったのではないか」と信州大学の清水義雄氏は疑問を投げかけている。
アマテラス大御神は、天石屋戸に逃げ込む前、忌服屋で織女たちが衣を織るのを眺めていた。オトタチバナヒメは入水のとき、菅の畳を八枚、皮の畳を八枚、絹の畳を八枚敷き重ね、その上に身を置いて波間に沈んでいった。『古事記』は神話時代に機織が行われていたことを示し、それは弥生時代の始まりと重なっている。
縄文時代にあっては、すでに漆工芸が行われており、生活技術は、弥生よりもっと深く遠くさかのぼることができる。
先のトマトの栽培も、私たちと祖先を同じくする古代アンデス山中の人々が始めた栽培技術のよみがえりとも言える。
古代アンデス山地の素朴な農法と現代日本のハイテク産業と。超古代と現代とが、双頭の蛇のように頭が尾に噛みつき合い一つの輪を描く――これが、感性文化の理想のモデル型ではなかろうか。
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